【Firework連載】リテールDXを実現するソリューションに迫る Vol.5
年間10兆円以上の売り上げ、年間数十億人以上の来店者、1億人以上のWAON POINT会員、全国1万7,000の店舗網──国内最大の小売グループであるイオンが、その巨大な資産を横断的に活用し、「リテールメディア」という新たな事業領域に本格的に舵を切った。その旗振り役となるのが、イオン株式会社で2024年4月に新設された「リテールメディア推進」組織だ。
彼らが目指すのは、単なる広告事業の立ち上げではない。グループ内に分散していた顧客接点とデータを繋ぎ合わせ、一人ひとりの顧客に寄り添う新たな体験価値を創造すること。そしてその先に見据えるのは、生活者と共に成長する「共創ドリブン型マーケティング」だという。
この壮大な挑戦は、何を意味するのか。今回は、Fireworkでリテール事業の責任者を務める松本が、イオン株式会社リテールメディア推進 責任者の赤坂徳聖氏を迎え、巨大リテールグループが描くメディアの未来、データ活用の核心、そしてAI時代における顧客との新たな関係構築の姿に迫る。
なぜ今、イオンは「グループ横断」でリテールメディアに取り組むのか?
松本:本日はよろしくお願いいたします。まず、イオングループとして、なぜ今このタイミングで「リテールメディア推進」を新設し、グループ横断での取り組みを本格化されたのか、その背景からお聞かせいただけますか。
赤坂:こちらこそ、よろしくお願いします。リテールメディア推進は、イオンのデジタル領域内に新設された新規事業開発部署です。この部署が生まれた背景には、大きく2つの理由があります。
一つは、北米や欧州の小売業界で起きている地殻変動です。Walmartがリテールメディアで約5,000億円規模の事業を築き、欧州のTescoやCarrefour、Sainsbury’sなども追随する中、小売業が持つ顧客接点やデータという資産を新たな収益の柱に変える動きは、もはやグローバルスタンダードになっています。我々もこの流れを大きなチャンスと捉えています。
しかし、もう一つのより直接的なきっかけは、メーカー様や広告代理店様からの厳しいご指摘でした。 「イオングループが保有する”メディア”や”データ資産”は魅力的だが、事業会社ごとにやデータや分析FMTがバラバラで活用しづらい」「北海道から沖縄まで広告を出そうとすると、各社と個別に交渉が必要で、効果も可視化しにくい」と。この「サイロ化」こそが、我々が持つスケールメリットを最大限に活かす上での最大の障壁だったのです。グループとしてのマーケティング予算を獲得するためには、これらの”メディア”や”データ資産” を統合・集約し、広告主様にとって価値のある形で提供できる体制を、持ち株会社である我々が主導して作る必要がありました。
松本:なるほど。様々な業種・業態があるイオングループを束ねる上では、ご苦労も多かったのではないでしょうか。
赤坂:はい。各社がお客様からいただいたデータを我々がどう使い、どう還元するのか。その点を一つひとつ丁寧に説明し、会社ごとに契約書の内容を調整しながら締結していくというプロセスに、約2年を費やしました。しかし、物価高騰などで既存のビジネスモデルだけでは利益確保が難しくなる中、「新しい収益フォーマットが必要だ」という認識がグループ全体で高まっていたことも、我々の活動の追い風になりました。

年間数兆円のID-POSデータ。イオンの“本当の強み”とは?
松本:グループの”メディア”や”データ資産”を集約する中で、赤坂さんが考えるイオンのリテールメディアの“本当の強み”はどこにあるのでしょうか。
赤坂:我々の本当の強みは、そのデータの「多様性」と「深さ」にあります。
イオングループは、GMS(総合スーパー)やSM(スーパーマーケット)だけでなく、ドラッグストア、デベロッパー、さらには金融事業まで、生活のあらゆる場面をカバーする多種多様な業態を展開しています。つまり、業態を横断したデータを捉えることで、生活者の購買行動を点ではなく、より立体的に理解できるようになります。
複数の接点を組み合わせることで行動の背景や傾向が明確になり、顧客理解が進むことで、分析データの価値そのものも高まっていきます。
松本:それは他の小売業にはない、圧倒的な強みですね。
赤坂:はい。だからこそ、我々はリテールメディアを単なる「広告枠」として捉えていません。あくまでお客様のLTV(顧客生涯価値)を向上させるための「メディア」だと考えています。マスマーケティングだけでは顧客の多様なニーズに応えきれない時代に、この深い顧客理解を基盤として、一人ひとりに最適化された情報や体験を届ける。それによって、お客様に「イオンは自分のことを分かってくれている」と感じていただき、結果として売上も利益も向上する。そんな好循環を目指しています。
「モノを売る」から「体験を届ける」へ。リテールメディアの新たな可能性
松本:顧客体験という観点では、オフラインの店舗、特に店頭サイネージの役割も変わってきそうですね。Fireworkも、オンラインの動画を店頭サイネージで活用するOMOの取り組みを支援していますが、イオンさんではどのような可能性を考えていらっしゃいますか?
赤坂:おっしゃる通り、店頭メディアの役割は大きく変わります。これまではテレビCMをそのまま流すことが多かったですが、それだけではお客様の心には響きません。
例えば、九州の店舗でサントリーさんと実施した取り組みでは、単にビールのCMを流すのではなく、UGC(SNSなどに一般ユーザーが自発的に作成・投稿するコンテンツ。レビュー、口コミなど)を基に「このビールに合うおつまみランキング」という動画を作成し、連動した棚を作りました。すると、お客様が足を止め、関心を示してくださいました。これは、企業からの一方的なメッセージではなく、生活者のリアルな声が共感を呼んだ好例です。
今後はさらに一歩進めて、地元の店舗で買った商品をハッシュタグ付きでSNSに投稿してもらい、その中から選ばれたものをサイネージで流すといった、お客さまが参加できる企画も面白いと考えています。お客さまが参加できる仕組みを通じて、店舗を“モノを売る場”から“共感が集まる場”へと進化させていく。そのためのコンテンツとして、動画が持つ力は非常に大きいと感じています。
AIエージェントが購買を決める未来。小売はどう変わるべきか?
松本:最後に、少し未来の話をお伺いします。AI技術が進化する中で、今後の消費やメディアのあり方はどう変わっていくとお考えですか?
赤坂:近い将来、私たちの購買行動はパーソナルなAIエージェントが主導するようになると考えています。欲しいものをインプットすれば、エージェントが最適な商品を最適なタイミングで提案し、購入まで済ませてくれる。そうなると、企業は人間に向けてではなく、「エージェントにいかに選ばれるか」を考えてマーケティングを行う「AIO(AI Optimization)」の時代が来るでしょう。
松本:まるでSFの世界ですが、非常に現実味がありますね。そうなると、リアルな店舗の価値はどこに見出されるのでしょうか。
赤坂:AIの時代が来ても店舗の価値が失われることはないと考えています。特に日本では、国土が狭く店舗が密集している地理的要因や、「自分の目で見て安心して買いたい」という日本人特有の文化があるからです。むしろ、店舗の役割はより重要になります。
これからの店舗は、オンラインでは得られない「発見」や「体験」、人との「温かみのあるコミュニケーション」を提供する場へと進化していくはずです。そのために、ショッピングカートのメディア化によるお得情報の発信や販促連携、サイネージ×AIカメラによるコンテンツ視聴・購買行動の可視化など、先進的な取り組みを通じて店頭DXを加速させ、EC同様のシームレスなレコメンド体験をリアル店舗で実現し、新たな購買価値の創出を目指します。
松本:「最適化」はAIに任せ、人間はより創造的で情緒的な価値を提供する、と。まさに我々Fireworkが動画を通じて目指している「人間らしい対話」の世界観と重なります。
赤坂:その通りです。私たちがめざすリテールメディアの姿は、AIによる最適化を活用しつつ、その先にある「発見」や「体験」、人との「温かみのあるコミュニケーション」といった“共感”が原動力になるものです。これは、生活者が「生活の質をより良くしたい」と願う気持ちに寄り添う、いわば「共創ドリブン型マーケティング」です。
松本:「共創ドリブン型マーケティング」、非常に示唆に富む言葉ですね。データとテクノロジーが、いかにして人間らしい温かみのある体験を生み出していくのか。イオングループの壮大な挑戦に、我々も動画という形で貢献していけることを楽しみにしています。本日は貴重なお話をありがとうございました。
プロフィール
赤坂 徳聖(あかさか のりまさ) イオン株式会社 リテールメディア推進 責任者。グループ全体のメディア・データ基盤を統合し、リテールメディアを起点とした新たな価値創出を推進。デジタルコンサルタント、モバイルマーケティング、新規事業開発など幅広い領域で実務・マネジメントを経験。
松本 一穂(まつもと かずほ) Fireworkリテール事業責任者。デジタル広告・マーケティング業界で豊富な経験を持ち、動画を活用したリテールDXソリューションの推進に取り組む。本連載ではホストとして、リテール業界のキーパーソンとの対談を通じて、業界の未来を探る。





















